始まるかも その5

年の瀬。

みんな笑顔だった。

家族で有意義な時間を作れるイベントだからだろうか。

僕の家はいつもささやかな食事会だった。

あまり外食はしない。

母が鳥の唐揚げを作ってくれてそれを食べる。

何となくクリスマス。

そしてお正月にはお約束のお餅が出てくるのであろう。

うちの家族はみんなでどこかに行くとか外食を頻繁にする方ではない。

一家で外出することなど本当に稀だった。

子供の頃は多少あったかもしれない。

それはもう記憶の片隅にしかない。

子供の頃の写真も少なかった。

それに対しては今も何とも思っていない。

しかしこの年になって家族や今の自分を何らかの形で残しておくことの意味を知った。

僕は小学校の頃に野球をやっていた。

左利きという事もあってピッチャーになった。

肩は強い方ではない。

軟投派とか技巧派と呼ばれる部類に入るであろう。

母はいつもビデオで僕を撮っていた。

この時うちの家庭にはビデオがあったのだ。

毎週ある試合をビデオで撮って家に帰って確認する。

「投げ方が良くない」

「思ってたのと違う」

自分が覚えているだけでも絶対プロ野球選手になんかなれないと思えるようなフォームだった。

今も家のどこかに残っているかもしてない。

探すつもりもないがあったら見ていると思う。

しかしビデオはちょっと面倒くさい。

設定に時間がかかるからだ。

今のスマホと違いテレビに昔の配線を取り付けたりとそれだけで一苦労だ。

やっぱり写真の方がいいと思う。

アルバムに入れておくだけで良い。

写真を撮る意味を語っている本も世の中に存在している。

何を撮るかによって意味は変わるから僕としてはまず記録用と言う意味だ。

深い意味を語る必要もない。

「インドに行くまでにもっと撮り方を勉強しておかなくちゃだな」

「今日は何を撮ろうかな」

僕の生活は既に変わっていた。

つづく。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました