見たことのない景色 その4

見たことのない景色

 

インドの朝は早かった。

僕が空港に到着した頃にはみんな活動していた。

しかも朝4時頃だった。

僕は予約していた宿で少しだけ休み、外に出る準備をしていた。

正直いうと疲れていたがせっかくインドに来たのだから休む時間を割いてでも自分の目でいろいろなものを見たかった。

フロントに行くと店主は寝ていた。

仕方ない。

まだ朝の6時半だ。

僕は店主を起こしパスポートの返却を求めた。

面倒臭そうに机からパスポートを取り出し僕に手渡した。

「お前まだここに来てから2時間くらいしかいないだろ?」

そんなようなことを言っていた気がする。

僕はインド人の英語がわからないのではない。

単純に英語がわからなのだ。

合っているかどうかは分からないが彼らは観光者に向けて英語を話す。

そして宿として成り立っている。

それで彼は生計を立て生きている。

月収はどうあれ素晴らしいではないか。

来た時に真っ暗だった外は青白く霧でおおわれていてこの霧の先には怖いものが待ち受けているのだろうと思っていた。

なんとなくみんなが同じ方向に歩いている。

ついて行ってみよう。

僕は来た時に確認していた。

みんなが進む方向にデリー駅があると思っていたからだ。

進む道の途中には布切れ1枚に包まれている人が何人も横たわっていた。

この人たちはなんなんだろう。

申し訳ないが死んでいるようにしか見えない。

しかもこの寒さ。

朝6時半で体感温度は5度。

僕の住む街である群馬とほぼ変わらない。

この中で布切れ1枚だなんて生きていけないな。

僕はこの時ユニクロで買ったウルトラライトダウンを着ていた。

衣食住が満たされている日本人は本当に幸せだ。

インドという国に来てまだ3時間。

悟るのは早い。

みんなと同じ方向にしばらく歩くとやはり駅があった。

ジャーンッ。

なぜか定期的にドッキリでしたみたいな音が駅から出ていた。

時刻を知らせているのだろうか。

それとも電車が来たのを知らせているのだろうか。

よく分からないがこの音が鳴るたびに僕はビクッとしていた。

駅のまわりは屋台や個人商店を営んでいるところが多かった。

そとで食べ物を焼いていたりチャイと呼ばれているミルクティーのようなものが売られている。

「あまり美味しそうではないな」

初日にお腹を壊すのはツライからとりあえずやめておこう。

屋台などを通り過ぎ僕は駅の中に入った。

首都デリー駅なのに全然大きくない。

地元の高崎駅の方がよほど大きかった。

駅の構内には布切れ1枚だけの人たちが座っていたり横たわっていたりしていて歩くスペースもなかった。

もしこの人たちが僕のことを日本人だと認識して一斉にこられたらたまったもんじゃないな。

ちょっとした恐怖だった。

ホームは閉まっていた。

まだ7時にもなっていなかったからだろうか。

しかし駅の方向に向かって歩いていた人たちはこの後どこへ行ったのだろう。

そんな疑問を持っていた時に一人のインド人が僕に声をかけてきた。

かなり身なりがよく、赤いニット帽に紺色のPコート。

優しい顔立ちでこちらに声をかけてきた。

「チケットオフィスは2階だよ」

僕でもわかるくらいゆっくりとした英語で話してくれた。

僕の何を狙っているのだろう。警戒しつつ2階への階段を上がる。

すると大勢の人が電車のチケットを買うために並んでいた。

僕はジャイプールに行きたかった。

チケットオフィスはまだオープンしてないが大勢の人が並びここも歩くことなどできない。

そして何より今までに味わったことのない匂いが充満していた。

「クサッ」

素直に出た言葉だ。

おそらく彼らの匂いであろう。

彼らにとっては普通であり洗濯の洗剤や食べるもので人間の匂いは変わってくる。

僕自身もうおじさんだ。

他の人からそう思われているに違いない。

しかしこれは強烈だった。

とてもじゃないがここで並ぶ事はできない。

一度降りよう。

降りた先に先ほど声をかけてくれた彼が待っていた。

「ないだろ?」というかのように腕を交差させバツを示した。

僕はうなずいた。

彼はバスだったらあるよと言ってきた。

僕はあの中で並ぶのは嫌だ。

しかし彼の言う通りに行ってバスのチケットが手に入るわけでもない。

僕には情報が少なすぎた。

もちろん選択肢もなかった。

彼について行くしかなかった。

ある小さなオフィスに連れて行かれた。

ビルの横から細い階段を上がり普通の小さなオフィスに入った。

そこには3人ほど壁に寄りかかっていて真ん中の机に座っていたのがそこのボスだと思う。

彼はどこに行きたいんだい?と言い、行き先リストのようなものを僕に見せ指をさせと言っていた。

ジャイプールに行きたいと行ったが文字がわからず僕の指は迷っていた。

よく見たら「Jaipur」と書かれていたのでそこを指差した。

彼はうなずき小さい紙にヒンディー語のような文字で何か書いており僕に名前を聞いてきた。

「アキラだ」

僕は答えた。

彼は僕の名前を紙に書きどこかへ電話していた。

ボスが電話している間は身なりの良い彼が僕の肩に手を置いていた。

「アキラ、ユーキャンゴートゥージャイプール」

彼はそう言い僕は小さくうなずいた。

しかし気になることがある。

お値段だ。

誰も決して言わない。

最後に出てくるのだろう。

深夜の通販番組のようにいかにも安く見せるため最後の最後にドーンとお高いお値段が出てくる。

ボスの長電話が終わり受話器を置いて僕の方を見た。

来るぞ。

お高いお値段が。

「2000ルピー」

ん?

自分がイメージしていたのとちょっと違った。

僕は4500ルピー持っていたがそれ以上の値段が来ると思った。

しかし日本円でいうと4500円ほどの出費。

痛いのだが「いいよ」と答えた。

彼らはニッコリとした。

僕も悪い気分ではなかった。

 

ボスは僕をここまで連れてきた彼にバスターミナルまで案内しろと指示したようだ。

僕は彼についていくことにした。

10分ほど歩いたところに大きいバスターミナルがあった。

僕から見ればなんにもない原っぱにバスが集まっているだけ。

それがこちらで言うバスターミナルなのだ。

大きいバスが並んでいてそこには大勢の人がいろんなバスを待っている。

バスのフロントガラスには手書きで行き先が書いてある。

なんとなく僕でも分かった。

すごい人数だ。

なんでこんなに大勢の人がバスに乗りたいのだろう。

まだ駅の方が人は少なかった。

とにかく人が多い。

そんな感想しか出てこなかった。

僕が乗るバスはどれだろう。

向こうについてから何をすればいいのだろう。

本に載っているような場所に辿り着けるのだろうか?

また彼の後ろについていき少し歩く。

すると大きいバスではないトヨタのハイエースや中型のバスが並ぶエリアにきた。

どちらかと言うとここは人が少ない。

少しお高いエリアなのだろうか。

すると彼はある車を指差した。

Tのマークがついた大きめの4WDだ。

なんだろう、見たことのない車だな。

彼は僕の肩をポンポンと軽く叩きバイバイと手を小さく振った。

僕もバイバイと手を振りチケットを運転手に見せた。

運転手は親指を後部座席に向け乗れという合図を僕に出す。

とりあえずジャイプールに行けそうだな。

大きいバックパックを前側に抱え後部座席に進む。

みんながインド人ではなかった。

後部座席の右側にアジア系の若い男女がいた。

僕は左側に座った。

みんな揃ったらしく運転手がエンジンをかける。

出発するらしい。

運転手が係の人と話をしてから動き出した。

まわりはすごい砂煙だ。

こんな中で歩いてはいられない。

車移動でよかった。

少しして線路が見えてきた。

そして車は一時停止をした。

日本では普通のことだ。

そしてインドでも普通のことなのだと思った。

しかし違った。

線路で止まっているのではない。

道路の真ん中に牛が寝ている。

この車は牛が動くのを待っているのだ。

なんということだ。

人間よりも牛が偉いのか。

僕は思い出したかのように一眼レフを取り出し写真を撮った。

僕はインドの文化に興味津々だった。

インド人にとっては普通のことだった。

なんて事はない顔をしている。

このあと車内の前方にあるモニタから映画が流れてきた。

これは映画なのだろうか。

急に踊り出したり急に成人向けっぽくなる。

なんなのだろう。

しばらく砂埃の道を走ると車が減速してハンドルを大きく切った。

少し休憩するらしい。

みんな荷物は置いていき外へ出る。

前のインド人たちがみんな降りて次に僕も降りた。

そして右側に座っていた若い男女が後ろから僕に声をかけてきた。

「日本人ですか?」

ん?

あれ?

右側に座っていた若い男女は日本人だった。

つづく。

 

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