もっと北へ その6

もっと北へ

トゥクトゥクは強い日差しの中で僕を乗せて走っている。

ここは観光地のため車やトゥクトゥクが多く少しホコリっぽかった。

それでも見渡す限り長年かけて作られた遺跡が建てられており僕は異世界に入り込んだままだった。

少し奥まで行くとバイヨン寺院がある。

ここは何かが崇められていた場所なのだろうか。

昔の人は宗教のためならどんなものでも作ったのだろうか。

おそらくキリングフィールドと同じく恐怖政治がベースになっていて政府の言うことを聞かない人間は簡単に殺されていたのだろう。

民主主義など存在しないし人の命は相当軽かったのだろう。

同じ種族の人間を殺すということがどういうことなのか、僕には分からないが昔の人はそれを平気でやっていたと思うしもしかしたら好きでやっていたわけでもないと思う。

もし好きでやっていたとしたのなら相当数のサイコパスがその時代に存在していたこととなる。

今の世界も十分狂っているが昔も同じように狂っていたのだろう。

世界は今も昔も残酷だ。

同じ空の下で毎日のように戦争をして人が殺されている。

何が目的なのだろう。

それを仕事としてやっている人もいるが僕には出来ない。

このバイヨン寺院に登っている時に階段の辺りが少しグラグラしていて違和感を感じていた。

いくらメンテナンスをしているとはいえいつ崩れてもおかしくはない。

今回ここにきて良かったというのはそういう意味でも思っていた。

もしかしたら次はないかもしれない。

インドのタージマハルの時も思ったがずっとこのままを保つのは難しく人の手が入らないと維持できない。だから大規模なメンテナンスをして維持しているのだ。

そして僕たちはこの美しい建物を維持してほしいと願い拝観料を払う。

たとえその金額の中にどこかの利権が絡んでいて誰かが大儲けしていたとしても世界遺産として後世にも残していかなければいけないものだと思う。

歴史なんてすでに過去のものなんだから勉強するだけムダで僕たちは常に前を見ていなくてはならないと僕は学生時代に思っていた。

しかしそれは間違いだった。

美しいこの建物を残しておくと同時にこの歴史を学び過去の人間の過ちなどを理解して2度と同じことを繰り返さないようにする勉強の場になる。

人は同じ過ちを犯す。

おそらく戦争はこれからも続くし罪もない人たちは殺され続けると思う。

またその間に自然災害や疫病などの大規模の事件が起こるだろう。

それでも人類は続いていくし僕もその中で生きていきたい。

この世界がどうなっていくのかを見届けたい。

そしてこういう世界遺産のような歴史的な建物や物語を学んでいきたいと思った。

バイヨン寺院の裏側で欧米の老夫婦にお願いをして写真を撮ってもらった。

基本的に僕は写真に自分が入ることは好きではない。

ただの記念写真になってしまうからである。

しかしここに来た以上1枚くらいは撮っておきたいと思った。

自分が入った写真はそれだけでやらせとして認識してしまうのだがカメラを構えて構図を考えてシャッターを切っている以上全てはやらせになっているのかもしれない。

報道写真やスポーツ写真などはその瞬間を切り取った真実を映し出している。

アートとして捉えても歴史的な瞬間を切り取ったものでも写真は写真だ。それ以上でもそれ以下でもないしスマートフォンで撮ったセルフ写真だってもちろん写真だ。

とにかく撮らなくちゃいけないしそんなにこだわっても仕方がないなと思った。

僕はバイヨン寺院を後にしてトゥクトゥクの運転手を探した。

彼は寝ていた。

運転手も大変だなと少し同情したが時間がなかったため僕は彼を起こした。

彼は驚いて起き上がりそして僕に謝った。

正直言って全然気にしていなかったし起こしてしまった僕の方が申し訳ないと思っていた。

いつも日本で仕事をしている時にこんな気持ちになれただろうか。

常にイライラしていて精神状態は不安定だった。

笑顔で仕事をしているわけにはいかないが少しは平常心でみんなに接していかないと自分までおかしくなってしまうと反省した。

僕はトゥクトゥクに乗り込み次の名所であるタプロームに行くことになった。

少し雲行きが怪しい。

雨は幻想的で好きなのだがこの時は降らないでほしいと願っていた。

つづく。

 

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